【移民危機】ドイツに独りたどりつき……アフガン少年の孤独な出発
- 2015年09月15日
バルカン半島経由で移動してくる何万人もの人たちにとって、ミュンヘン駅が終着点になりつつある。そしてドイツは移民の流入を制限しようと、国境の入管検査を復活させた。
やってくる中には、家族と離れてひとりで長い距離を旅してきた子供が大勢いる。
15歳のアリもその1人だ。誰の付き添いもなく、アフガニスタンのカブールから大変な思いをしながら陸と海を越えて、やっとミュンヘン駅で電車を降りた。
一緒にいたのは同年代のアフガンの若者たち。みんなそれぞれ1人で家族はいない。
少年たちは陸伝いにトルコへ入り、そこから船でギリシャへ渡り、バルカン半島西部からオーストリアを経て、ついにドイツへたどりついた。
怖くて疲れて
くたびれておなかをすかせたアリは、電車を降りるとまずトイレに向かった。しかし出てきたとき、駅の構内の混雑の中に仲間は見つからなかった。
いきなりひとりぽっちになってしまったのだ。ドイツ語もできない。係官たちに通じる言葉は何もできない。
それでもしばらくしてようやく勇気を出し、ドイツ医療危機支援機関が設置したテントを警備している警官たちに近づいた。
警官たちはファルシ語を話す人を探しはじめて、そこで私が登場する。
アリは簡単な健康診断を受けて、食べ物と水をもらうことができた。
震え続けるアリの肩に、スタッフやボランティアが毛布をかけた。落ち着かせようと、なだめようとした。
「警察が怖い。アフガニスタンに送り返されるかもしれない」とアリは泣きながら訴えた。
おびえてくたびれ果てているのが、彼の目から手に取るように分かった。
いつかドイツ語を話したい
間もなくてして若者福祉センターのソーシャルワーカーがアリを引きとり、「ハウス7」に連れて行った。1人でいる未成年者のための難民受け入れセンターだ。
ドイツには1人でやってきた難民児童が約4000人いる。多くはアフガニスタンやシリア出身だ。
ハウス7に向かう途中でアリは次第に落ち着き、ソーシャルワーカーがイラン人の運転手とドイツ語でやりとりするのを、物珍しそうに聞いていた。
「すごく不思議で変わった音の言葉」とアリ。「いつか話せるようになるといいな」
ドイツ語のレッスンも受けられますよとソーシャルワーカーが言うと、アリの顔に笑顔が浮かんだ。ミュンヘンに到着して初めてのことだった。
難民センターは陸軍兵舎を再利用した施設だ。緑深い木々が立ち並ぶ道路に囲まれ、アリを乗せた車がつくと、近くのバスケットボールコートでは男の子たちが遊んでいた。
「ハウス7」に入ると、20代半ばのクルド人青年のケアワーカーがアリを出迎えた。ほかにもアフガン出身の少年が大勢いるので、すぐに友達ができるよと安心させてくれた。
アリはそれからこの施設に登録し、さらに健康診断を受けた。銃に撃たれた傷がないか、伝染病にかかっていないかなど調べるためだ。
しばらくしてから年齢の確認作業も行われる。ドイツの係官たちによると、未成年の子供は難民認定を確実に受けられるため、若い亡命希望者の多くが自分の年齢について嘘をつくのだという。
アリは「ハウス7」で何日か過ごした後、仮住まい先を割り当てられる。そこで3カ月暮らして「選別プログラム」を経て、どういう教育や職業訓練が適しているか、心理カウンセリングが必要かなどの判断を受ける。
母国からドイツまで移動する間にあまりに苦しいつらい思いを経験するあまり、多くの子供が自傷行動をとるのだそうだ。
アリは毎日決まったスケジュールのもとで落ち着いた生活を送ることになる。ドイツ語の基本的な授業も受ける。そして3カ月後には、定住先を与えられる。
欧州連合(EU)で亡命者支援を統括する欧州庇護支援事務所の資料によると、昨年アフガニスタンからEUへの亡命を希望した人の多くが、ドイツでの定住を希望。そのうち7割が滞在許可を与えられた。